2015年01月17日

詩のことば


 昨年、或る物故作者の歌集に触れる機会を得ました。
その歌人は大変若い青年で、心身の宿痾の中、作歌によって自身を癒やし解放されたの
ではないかと見受けられます。
特徴的なのは語の扱い ―― 自由奔放とゆーか、美しく自己完結した世界観ただならず !

 即ちその “ 詩のことば ” の、ふつーの言語からの乖離度が拭い難い。
“ ことば ” とゆーものは言語の共通メディア性を手放してしまった時、不特定多数との
伝達機能が失われてしまう筈。

 俳句・川柳も含めて詩歌とゆー文芸の意義・機能については、本質・真義までの把握に
至っていない我が身の、云々すべき筋ではないでしょうが …… 。

 それでも、一方的な単語の切り嵌めでない “ 詩のすがた ” に、私は理想を置いています。
第一歩が不特定多数に “ 伝わる ” こと。
“ 理解・共感の是非 ” は次の問題だから。

 「 ワカルヒトニハワカル 」 ことが眼目のジャンルがよし有るとして、そのポイントを
最重視するならそれはそれ …… ですけどね。

 マニアックな世界観の共通項を模索するのに、 「 “ 言語としてのことば ” が “ 通じる ”
こと 」より重要な何かが有るのかもしれない …… と改めて気づかされた一巻でありました !!




   揺るるやうな凍えるやうな歌読みき           かいう




posted by 美緒ママ at 00:56| Comment(0) | 文芸 | 更新情報をチェックする

2014年11月01日

霜月 俳書 … じゃないけど買った ♪


 霜月 = 11月がやって来ました。
先月、インターネットの古書検索サイト ―― 『 日本の古書店 』 を利用した話をします。
以前一度、レアな歴史書を探した記憶があるんですが …… 。
その後ずっと忘れていて、この程また超久々にお世話になったワケ。

 ターゲットは、先日句集を一冊入手した 『 徳広順一 ( = 犬猫大臣 ) 』 さん。
彼は俳人であると同時に、ナンと歌人でもあったのですね !!

 サーチした二作品は、

★ 歌集 『 鏡と少年 』
★ 歌集 『 ディスクジョッキー 』

うちの一冊、 『 鏡と少年 』 がヒット !
愛知県の 『 永楽屋書店 』 さんを通じて早速入手した次第 ♪

 しかし、なにぶん鑑賞し慣れぬ 短歌 ” ゆえ、如何に読み取り咀嚼すればいいか、
少々不安もあったのですが …… 。
読み始めたところ、気付けば止められず、一気に読み切っていました !!
こう言っちゃナンですが、実はワタシ 「 こりゃ駄目だッ 」 っていったん直感すると、
もう読み続けられなくなるンです、散文も韻文も。
それがこの歌集、引き寄せられたように目を離せなくなりました。
 尤も、読んでいてキツかったです〜 !
簡単には語れない ” モノを感じて。
良くも悪しくも、私が句集 『 食ふ 』 から受けた印象を大きく覆された、というのが
本音です。
句集では想像し得なかった湿度と重さ ―― 作者ご自身が 教職 ” という、現代において
極めて 困難な位置 ” におられた痛み、挫折、報われなさ、逃げ場のなさ …… が発する
温度差を思い知ったからでしょう。
その 位置 ” にあっての苦悩は、当人間性が鋭敏であればある程いや増すであろうこと、
身内に 教職者 ” を持っていた私自身は、想像がつきます。
( 尤も、我が身内は斯かる苦悩に苛まれる敏感さを持たなかったので、幸運でしたが。 )
 詩人である 『 徳広先生 』 がそうした痛みを、自虐的に吐き出さねば癒やされない ……
いゃ、到底癒やしきれるものではないでしょうけれど。

 俳句は、この basic から生れ出た明るさだった、と !?
気付かされてなお、愛さずにおられぬ歌集・句集なのでありました。




posted by 美緒ママ at 23:51| Comment(0) | 文芸 | 更新情報をチェックする