2018年06月02日

六月です !


 六月と言えば ……
俳句のほんの端っこにでも関わる者としちゃ 「 知らなきゃモグリ !! 」 の有名句 ──



   六月の女すはれる荒筵          石田波郷




 “ 大正〜昭和の大作家 ” 『 石田波郷 』 師の代表作のひとつです。
心揺るがすエモーショナルな作風で名を馳せ、結社 『 鶴 』 を創設主宰された波郷師。
 その 『 鶴 』 同人諸氏に偶さかご縁を得た私は、波郷師の志をはじめ、それを継がれた
代々主宰方の教えのさわりを ( 僅かながら ) 聞き齧らせていただきました。


 が、それにしても、この句は難解 !!
“ 前書き ” によれば、戦中の焼け野原に生きる苦境 ・ 絶望感を象徴した、というように
受け取れますが …… 。
 まァ、「 俳句における前書きの是非 」 にここでは触れません。
よし “ 前書き “ の情報を得たところで、生憎 “ 戦中戦後 ” の実感は把握不能です !

 かの当時 …… ひとかどの暮らしをして来た妻女 ?
焼けて、今や骨組みのようになった住まいに筵を掛け、辛うじて雨露凌いでいる体か。
呆然と疲れ果てた、時代の有り様を表したようなのですが。

 しかしそうした景へ、 “ 句そのもの ” からは繋げられなかった。
六月という、多分梅雨ただ中のカァッと照る晴れ間。熱気とやりきれぬ湿度の中、
広げた莚で農作業に励む農婦でもあろうか ── と。


 こうした、作者と読者の落差をどうすれば良いのか ?

 実際は “ 前書き ” が有り、まして石田波郷なる超高名作家としての知名度 ( 来歴の
情報等 ) もハンパ無い。
そこで我々ごときとの比較はあり得ませんが、「 基本的に前書きは付けないこと 」
と教わる初学者には難しい !


 因みに某論旨による 「 名句には優れた鑑賞が定まっている 」 説も、同時に逆説あり。 
句の解釈とは結局読み手に丸投げされ、独り歩きするモノと弁えよ、とする考え方です。
作者自身の予想だにせぬ “ 読み方 ” が、時に発生する、と。


 …… などと伺えば、いゃはゃ、句作も鑑賞も益々難題となってくる “ ダメダメ俳句
学習者 ” でございました〜 ( ため息 ) 。



posted by 美緒ママ at 01:51| Comment(0) | 俳句 | 更新情報をチェックする
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