2015年04月30日

『 お薬師さま 移設開眼 』


 平成27年4月29日 ―― 『 昭和の日 』 。


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 茶緒パパ’s 実家の菩提寺 『 正翁寺 』 にて 『 薬師さま 移設落慶式 』とゆーのがあって
参列しました。


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 『 正翁寺 』 さんは超ご近所であり、この “ 石造 薬師如来さま ” はワタクシ美緒ママが
嫁いだ当初から、何故かけっこー気になる存在だった気がします。


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 もともと寺領の民家裏手、崖のやぐら状の小窟内に鎮座されていて、 “ 目の薬師さま ” 、と
古くからの方々には敬われていたとか。
それで一度は、お参りしたことがありました。

 近頃は ( 寄る年波に ! ) 『 〇 △ 障 』 のヤバい我が身ならば、なおさらしっかり
拝んでご利益を賜らねばな〜、と ( フジュンな動機 ? ) 。



 然るにこの 『 お薬師さま 』 のやぐらが、いつしか宅地造成の煽りか天井部分を失って
しまわれ ……

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                 元のお祀り場所。


すっかり “ 露座仏 ” に !!
いきおい風雨の試練に曝され → → “ 剥落 ” “ 風化 ” の定め !?
斯くて、案じたご住職らが覆い堂を新設、尊像のお引っ越しをし奉ったわけなのです。


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 さて当日は朝曇りが晴れ、式の始まる午後2時には初夏めく青空〜 ♪
暑い程の陽射しになっていました。


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 司会の副住職さまによって式次が進められる中、まず 『 港南区歴史協議会 』 理事の陶山さま
にご解説を賜ります。
曰わく、当 『 薬師瑠璃光如来 』 さまは360年ほど前の江戸初期に造られ、本地区でも最も
古い “ 石造 薬師仏 ” と云われる由。
併せて、当地区と当山 『 正翁寺 』 の長い歴史と由緒を確認したのでした。


 そうして始まった式事、他山よりご出仕の副住職さま方三名の控える中、導師 ( 副住職の父上
である住職 )さまが登場。
華やかな朱赤の衣に白地金襴の袈裟姿で、 “ テープカット ” !! ( 拍手〜 )
次に覆い堂前へ進まれ “ 移設 ” の次第を言上、 “ 開眼供養 ” へと進んでゆきます。


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『 般若心経 』 他誦経、 『 薬師如来 』 の真言を唱えお堂に水を撒き。
花を降らせて荘厳する若いお坊さま共々、四名でお堂周りを巡られました。
然る後に参列者のお焼香 …… と、恙なく 開眼供養 ” が完了です。


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 お終いに導師さまのご挨拶は ―― お天気に恵まれたこの日への感謝。
銅葺き檜造りの覆い堂 ( 『 薬師堂 』 ) を製作した地元の建築会社さまと、庭園・植樹担当の
造園業さまをご紹介、お礼。
他多々のお礼をも述べられ、締めくくりとされたのでした。

 何はともあれ、私ども一般の者にはなかなかご縁の無い式典です。
有り難く、良き体験をさせていただきました。
この後 『 お薬師さま 』 が檀家衆や地元の皆さんのお護りと癒やしの拠り所として、末長く敬われ
親しまれてゆかれるといいな、と願う美緒ママでした。



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posted by 美緒ママ at 23:45| Comment(0) | 癒やし処 | 更新情報をチェックする
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