2015年01月21日

大寒の ……




   大寒の一戸もかくれなき故郷          飯田龍太



 昨日『 大寒 』 の思いがけぬ暖かさと打って変わり、今日がまさに 「 大寒 ! 」 というべき
極寒の雨になりました。
上記の 『 飯田龍太 』 氏の作とは、些か異なる空気感ですが。

 それにしてもこの句は、ある程度現代の 俳句 ” を学んだ方には必ず浮かぶ 『 大寒 』 の
代表句でありましょう。
端正で平明、しかし厳しさと禁欲的な気配を内包する気がします。
それが氏ならではの作柄であるか否か、浅学にして私は把握しておりません。

 龍太氏は惜しくも 2007 年に他界されましたが、俳句界の重鎮 『 飯田蛇笏 』 氏の子息、
且つ父の結社 『 雲母 』 を継承した俊才。
自ず評価の高かろうことは申すまでもありません。

 ただ、唯一学ばせて貰った句集 『 遅速 』 に嗅ぎ取ったのは、独特の 匂い ” です。
静けさという品格の裡に潜む凄絶さと何とは知れぬ恐ろしさ、徒ならぬ “ あの世 ” 感 ――
それは龍太氏の生い立ち …… “ 病 ” との関わり、幼子の喪失という身の上の所為かも
しれません。
 さらに祖霊のように、句の姿・佇まいを丸ごと支配している、三百年続いた大庄屋の血筋。
言い換えれば、無論かなぐり捨てることの無い “ 甲斐の血脈 ” によって定めとして祖を継ぎ、
父を継ぎ、ある意味けじめをつけた結社 『 雲母 』 の終焉。
随分とドラマティックに …… しかし事実は地味に頑固に、句作の信念に生きられたのであろう
と、斯の句たちが我が妄想を掻き立てています。



   山住みの奢りのひとつ朧夜は          龍太

   種子蒔いてことのついでの墓参り

   こころいま世になきごとく涼みゐる

   山々のうしろは露の信濃かな

   園児らに花野途方もなく廣し

   凍蝶の魂さまよへる草の中

   元日といふ別々の寒さあり

   眠り覺めたる惡相の山ひとつ

   子の留守の家降りつつむ牡丹雪

   家を出て枯蟷螂のごとく居る

   千里より一里が遠き春の闇

   たちまちに闇來てつつむ鏡餅

   肌着替ふとき老人に日短し

   腰掛けてゐる石も墓鳥雲に

   涼風の一塊として男來る

   蓮掘りしあととめどなく雨の音

   子がひとりゆく冬眠の森の中





posted by 美緒ママ at 23:14| Comment(0) | 俳句 | 更新情報をチェックする
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