2015年07月24日

俳書 …… 買ってはいないのですが


 先週俳句教室の 『 志田千惠 』 先生を通じて、結社 『 鷹 』 同人の新鋭作家の作品と
ご縁を得ました。

 第一句集 『 舵 / My RUDDER 』  利普苑るな ( Reifen LUNA )

 広島県出身、大阪府在住の女流俳人。
俳号を 『 りーふぇん・るな 』 とお呼びするようです。
年齢は私よりやや下で、俳句の世界ではまだ若手に当たるかもしれません。
けれど句柄には落ち着きと穏やかさ、澄んだな知性が光っているようでした。

 と言うより何より、真っ先に気付いたのが ―― 読み始めて一気に読み切っていたこと !
滞り無くさらさら頭に入って来たのは、作者が俳詩人の目指すべき韻文の “ しらべ ( 音感 ・
リズム感 ) ” と “ すがた ( 表記・言葉選び ) ” の骨法を十二分に会得しておられるから
でしょう。
こんなにすっと心地よく馴染める句集、今までそう沢山は出会ってないような …… ?
なんて、軽輩の分際がエラそうに評してしまいました ( 平身低頭 ) 。
とゆーのも、途中でつかえつかえになる句では、まず先へ読み進めることすら挫折してしまい
ます ( 辛抱無さ過ぎ !? ) 。
しかしこちらの作品はとてもスムーズに一読し、わかりやすく衒ったところ無く感じました。
 さりながら ( 現 『 鷹 』 主宰 『 小川軽舟 』 先生の “ 序 ” によるところの 「 喪失感 ・
欠落感 」 なのでしょうか ) 虚無的な “ 醒め ” 感は知的でとても静謐。
多くの言葉数を弄せずして、ご自身の深層を表出される力をお持ちのようです。

 さらに生意気を申せば、フィクション性の感覚やメランコリーの感度といったものが、
強ち遠くないのでは ? と推測される部分もあり。
空虚さと “ 醒め ” 感 、激情に走らぬ知性に惹かれ、繰り返し読み止められぬ間にいつしか
『 利普苑るな 』 詩世界に浸りきっていたような …… 。

 斯く饒舌ならざる巧みな表現力を味わい返しながら、それでも絶えず案じられるのは
作者の体調です。
ご闘病中とのこと …… 胸が痛みます。
私よりお若い方なのに !!
お見舞いとお作への激励を、遥かに念じることしか出来ぬ無力さ …… ( ため息 ) 。


 集中胸に響いた作品は多数でしたので、一部のみご紹介します。
( これから絶対買うぞ〜ッ !! と心に決めながら …… )



   一行の編集後記夏来る          利普苑るな

   葉桜や整骨院の経絡図

   青芝を踏み行先のなかりけり

   きっぱりと梅雨に入りたる城下かな

   戦後しか知らぬ生涯南風吹く

   是非もなく長女なりけり梅を干す

   腹這いのをとこの嵩や百日紅

   空蝉の動くと見えて吹かれ飛ぶ

   履歴書に増ゆる職歴てんと虫

   しんかんと日矢に射らるる草田男忌

   八月の千疋屋にて別れけり

   失せやすき男の指輪きりぎりす

   コスモスや記憶と違ふ通学路

   鶺鴒や実朝の海見に行かむ

   秋蝶と口縄坂を下りけり

   猫じゃらし百里先まで風の吹く

   なかんづく鎖骨に凝りし秋思かな

   柿喰ふや生きるとは音立てること

   蘆刈って飛礫のやうにものを言ふ

   仮の名のままに猫飼ひ冬隣

   名画座の隣は八百屋しぐれ来る

   冬青空音なく紙の燃え尽くす

   客死せる詩人の墓標竜の玉

   毛皮着て遠き町へは行かぬなり

   風花の辻に黒靴磨かるる

   日脚伸ぶ四つに畳む処方箋

   白鳥の翼を開く御陵かな

   号令を待つ隊列や冬木の芽

   雑貨屋の空の鳥籠春浅し

   春雪や聖徳太子七歳像

   飽くる程海見し日あり花ミモザ

   山笑ふ賞状の筒ぽんと抜け

   春雷やチベット展の来迎図

   すかんぽやこの世に会えぬ師のありし

   わたつみにわたくしの舵かぎろへり

   海鳴のおそろし春の星やさし

   囀や心臓模型赤と青

   あたたかや鳥の切手を貼る葉書

   竹林のうねりゆたかに燕来ぬ

   この星の自転公転潮まねき

   もう一歩踏み込んでみる春の闇

   修司忌や米屋仏具屋神隠し

   どこへでも行ける切手や雲の峰

   冬銀河知りたくなり師わが忌日

   地球儀の北半球に春の塵




posted by 美緒ママ at 01:12| Comment(0) | 俳句 | 更新情報をチェックする