2015年04月21日

『 茶緒パパのフォト・ギャラリー / 卯月 鎌倉 2015 』  A


 『 海蔵寺 』 拝観の後、 JR 線際まで戻ってガードを潜り東口側へ。
『 岩船地蔵堂 』 を過ぎ、長閑な線路伝いを次に向かったのは 『 浄光明寺 』 です。

 角を折れて瀟洒な住宅地を進むと見知った入り口 ―― 真言宗泉涌寺派 『 泉谷山 浄光明寺 』 。
すると山門に 「 本日本尊拝観出来ます 」 との札が !
ほぉ、行く先々でご縁のある日だな〜 ♪

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 とゆーワケで、順路に従って正面右脇の階段へ回りました。
途中、小さな 『 勢至菩薩 』 様に合掌。

 上段ではちょうど熟年の先客が案内人さんについていて、私たちも混ぜて貰うことに。
各200円の志納で、ひと通りご解説いただいたのでした。
 ちなみにこの日 ( 木曜日 ) は基本的には公開日。
ただし雨天多湿の場合は開けない、とか。
湿気が、本尊 『 阿弥陀如来 及び 両脇侍座像 』 の装飾 “ 土紋 ” を傷める恐れあり ……
だからだ !
この日は雨の翌日ながら、すっきり陽気で良かったァ〜 ♪

 案内の方からは件のご本尊をはじめ、 『 矢拾地蔵尊 』 、境内の巨大 『 イヌマキ 』の木、
珍しい “ 神職者 ” の墓所 ―― 過去にはここが 『 鶴岡八幡宮 』 の菩提寺であり、代々の神主、
また当時の住職等の墓石、など数々の知識を授かりました。

 加えて、 「 余力があれば …… 」 と、堂背後の崖の急な石階を登り切ってそのまた上の
『 冷泉為相 』 卿の墓所もご紹介され。
せっかくなのでお参りしましょう !

 初っ端からよじ登るような急石段をやっとこさで平場へ辿り着くと、『 櫻 』 の若樹が点々と。
奥のやぐらの 『 網引地蔵尊 』 に合掌。
更なる急石階を上り詰めて、漸く為相卿の宝きょ印塔にまみえた次第。
はァ〜〜、体力無いのバレバレ !! ( 汗 )

 いゃ、見晴らしは抜群なれど、何だってこんな辺鄙な所でお眠りですか ? …… 為相様。
平安短歌の大家 『 藤原定家 』 の孫にして、家伝の相伝者。 『 冷泉 』 家の祖。
また、 『 十六夜日記 』 の著者 『 阿仏尼 』 様の息でもあられる方が。
 あ、そー言えば、往きに 『 英勝寺 』 脇で見掛けた母堂 『 阿仏 』 様のお墓 …… 何でも
こちらを向いておられるとか ?
こんなに近いのに、共に居られぬ悲しさ、ですね。

 ともあれ、日本の “ 定形短詩文芸 ” を志す者として、謹んでお参りさせていただきました。



 ひと息衝いて降り際、さっき案内人さんからの追加情報 ―― 墓石背後の閉じた木戸が
『 鎌倉まつり 』 期間中のみ開かれ、最奥へ続くとゆーハナシ。
すぐ足もとのやぐらと墓石群を見て先へ進むと、辛うじて歩ける山道を上下しながら、巨大な
五輪石塔に行き着くらしい。
『 覚賢塔 』 と呼ばれるそれは元来、過去にこの寺領と隣り合っていた寺院 『 多宝寺 』 側
に属し、往時の住職を務めた 『 覚賢 』 長老の墓石と云われます。
国内の中世・石造五輪塔では有数の大きさ ( 3メートル余 ) だそうで。
そんな遺跡が、めったに踏み込めぬ最奥にあるとは !
ミステリアスな歴史ロマンに、いつかまみえるチャンスは来るのでしょうか ?


    タチツボスミレやホトケノザの花が可憐に飾る墓所を、降りるも怖い急階段でした。

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          下の平場越しに、海まで見遥かせます。



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     客殿の高さほどに下がって来ると、不意に現世に戻ったような気分でした。
     改めて気づく、ここの 『 櫻 』 の美しさ !

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 非公開の 『 庫裡 』 奥庭の切岸に雪崩れるごとき、懸崖 『 ビャクシン 』 の奇景にも
櫻がかかり ……

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  鐘楼に ……

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      不動堂には若楓 ……

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 あちこちの堂宇に掛かる春の風情をも、楽しんだ一刹でした ♪♪♪
門を出際、遠くに見掛けた案内人さんに会釈すると、手を振って下さいました。
いつか別の季節に伺ってみますね。
またよろしく ♪



 さて門先からは、気になる左方へ進みました。
『 泉の井 』 とゆー『十井』の一つを個人宅の入り口に見て過ぎた先に、さっき案内人さんが
教えてくれたかの 『 多宝寺 』 跡があるからです。
背後の山を背中合わせに、同じく大規模な伽藍を営んでいたと思しきその廃寺。
寺領の『 覚賢塔 』 が 『 浄光明寺 』 に供養されて来たのは、『 多宝寺 』 が廃され如何に
久しいか …… 。
そんな跡地に、今は別のお寺が営まれているそうなので、ちょっと野次馬根性でした〜 ( 笑 ) 。




posted by 美緒ママ at 00:47| Comment(0) | ギャラリー | 更新情報をチェックする